昨晩の余震は怖かった~。すかっり地震にも慣れてしまっていたところだったので長く続く昨晩の余震に、いっきにあの大地震の恐怖がよみがえってきて裸足で外に飛び出してしまいました。しばらく心臓が痛くて眠れませんでした。(涙)やっと片づけたお部屋が・・・。という方もいらっしゃたでしょうね。みなさんも、つらい夜をお過ごしだったと思います。お怪我など無いといいのですが・・。
避難所のみなさんも恐怖に眠れない夜を過ごしたことと思います。古民家Jamでは、先週6日に富岡町を中心に原発の避難区域から福島市内の福島大学の体育館へ避難していらっしゃる方へ炊き出しをして参りました。『おそばが食べたい』とご要望が出ているとボランティアの方を通じてリクエストをいただいたところです。大学の避難所は学生の方がボランティアをしてくださっていてなんだか活気がありました。その日の夕食メニューは、私たちのリーダーyoshinariさんが朝早くから打ってくれた『手打ちそば』と学生さんたちと避難していらしてる方と一緒に作った『きんぴらごぼう』お昼に支援物資で届いた『おにぎり』と『菓子パン』はご希望の方にそれをまだ稼働していない学食のテーブルでいただきます。大学の建物はところどころ損壊したままでした。今はそれどころではないのでしょうね・・・。この日の炊き出しの前日、福島県の海沿い北部でほぼ宮城県寄りの<新地町>に炊き出しのご相談と下見にも伺いました。事前に100名以下の避難所を調べて突然訪問といういつもながらの強行訪問です。新地町は津波の被害も大きかったところで、海沿いは本当に≪何にも≫なくなっていました。ポツリポツリと丈夫な建物が残っていますが、近づいてみると1F部分は根こそぎ津波にさらわれていて鉄骨のみになっていました。避難所のひとつである小学校の体育館を見つけて本部の方にご相談をします。福島市内のいままで伺った体育館より狭いスペースにたくさんの方が肩を寄せ合い生活していらっしゃいました。ガスはまだ通っていないようで、校庭にテントを張って廃材を燃やして大きなお鍋で汁物などを自分たちで作っていらっしゃいました。やっと水が通ったようで、お野菜などの下処理は調理実習室を使用しているようです。私たちは、ガスもお鍋も持ち込んで作業をします。お話をしているうちに、人があつまってきて「手打ちそば!いいね~」「いつ来てくれんの?」などお声がかかりました。みなさん明るい。なんだか不思議な気持ちになりました。あれだけ何にも無くなってしまうと諦めもついてしまうのでしょうか・・。自分の家だけではなく、お隣もそのまたお隣も町中が流されてしまうとがんばるしかない!と思うのでしょうか・・。たくさんの方が亡くなっていると、みんなの悲しみも背負ってしまって自分ばかりが泣いているわけにはいかなくなるのでしょうか・・。今までの避難所で目にしたような、お隣とダンボールで仕切るようなこともなくなんだかみなさん仲良しのように感じました。お昼食のお申し出をしたのですが、避難所から仕事に通っていらっしゃる方が食べられないね~。という声が出ましたので夕食に変更です。ここから仕事に通っていらっしゃるのか・・・。
昨日駅前を歩いていたら福島を支えるこんな素敵な力持ちを見かけました。(笑)なんだか応援されてる感じがする。まかしとけい!みたいな感じがなんとも頼もしい!本当は、こんな感じのポスター。
なにもかも失った方たちがこんなにも明るく立ち向かっている。のりこえよう。たちあがろう。元気な私たちがふくしまを支えていかなければ。日常を取り戻してしっかり力をたくわえて!来週は結婚式のお仕事です。たくさんの思いが詰まった結婚式。きっと、みんなの中で何かが変わると思います。
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